The Imaginarium of Doctor Parnassus

minii2010-01-28

テリー・ギリアム監督『Dr.パルナサスの鏡

 公開日にレイトショーで。最近では映画を観て観賞料が安いと感じることは稀だが、これで¥1200はかなりお得で、¥1800でももう一回観たいと思ってしまうぐらいの傑作であったことをまず、申し上げておく。

 いきなり余談ですが、本日発売のNumero Tokyoにおいて松尾貴史氏が本作を取り上げ、その中で「監督はこの作品の製作中、資金繰りが苦しくなってバスで通勤したそうです」「ヒースが亡くなった知らせを受けて、トム・クルーズが代役を買って出たそうですが、ヒースを理解する本当の友達に演じてほしかったから(断った)」などの色んな意味で泣けるエピソードを披露されています。

 テリー・ギリアムは映画監督として極めて重要な人物でありながら、ここ数年、というか『未来世紀ブラジル』以外の作品はいまいちパッとしない感も否めなかったように思う。『ブラザーズ・グリム』は正直言って金返せ!だし、『ローズ・イン・タイドランド』は世界観としてはすごく好みだけど結末のツメが甘かったのが命取りとなった。

 そこでこの新作だから、観る前にハードルを下げていたということもあるのだけど、始まってすぐショーの舞台であり移動手段でもありロンドンバス風味もちょっと入った、あの馬車を観た瞬間に、そのハードル自体が粉砕されたような高揚感を覚えたのである。

 物語はシンプルなので特に語る必要もない。ただ、私は『未来世紀ブラジル』の感想で「狂気を描いた」と書いた。そして、「眠っているときに見る夢のように脈絡がない」とも。本作も基本的には同じだと思う。しかし狂気を狂気としてではなく、「欲望」として次元を下げることにより、物語が観客にとってよりリアルなものとなっているように感じられる。幻想館の中で見るもの―大きな靴や宝石、葉っぱの上でダンス、天まで届く梯子など―は睡眠中の夢としてはオーソドックスとさえ言えよう。しかし、リアルなだけではないのがテリー・ギリアムなわけで、千年以上生きているパルナサス博士とその幻想館がもたらす世界はそこはかとなくファンタジックで、資金がままならなくなるほど多様したCGも嫌味がなく、かつモンティ・パイソン時代を彷彿させるような手作りっぽいところもある(警官のシーン最高!)。加えてリリー・コールのアニメかイタリア絵画かという人間離れしたキュートさがあるのだ。もうシルク・ド・ソレイユも真っ青のスペクタクルである。

 あと悪魔役のトム・ウェイツも凄い。ほぼ主役なんじゃないの?っていう存在感。台詞を喋ってるんだけど、歌ってるみたいに聴こえるんだよなあ。そういう人は魅力的だと思う。ジョー・ストラマー然り。

 単純に痛快なブラック・ファンタジーとして楽しむのが正しいと思うが、強いて「作品のテーマ」などくだらん事を考えようとするなら、それは生き方についてだと思う。しあわせってなあに?いきるってなあに?ってこと。哲学でファンタジーなんだからもう最強でしょ。味の濃い一本でおすすめです。ギリアムよりギリアム味。