Moon

ダンカン・ジョーンズ監督『月に囚われた男


 文句のつけようがない映画。そういうのは新しい作品の中では稀だ。
 デヴィッド・ボウイの息子のデビュー作だからとりあえず観とくか、なんてつもりで観始めたのにあっという間に引き込まれ、日々のルーティーンワークによって甘やかされた怠惰な私の脳は、久方ぶりにフル稼働して嬉しい悲鳴を上げた。集中しすぎて観終わったあとは少しお腹がすくほどだった。

 予告編を見て本編を観たつもりになってはいけない。どうせこの人工知能イカレて殺されかけたりするんだろう?という発想は20世紀に置いてくるべきだ。この映画は古いSF作品たちへのオマージュでありながら、全く新しく、中身は予想以上に複雑だから。それでいてテーマは最も普遍的で本質的なことなのだけど。そこのバランス感覚がいい。
 20世紀といえば、こういう映画に出てくるのって今までは日本の会社や製品だったわけだけど、本作では韓国で、そこで妙に時代の変遷を感じたりした。

 登場人物はほとんどサム・ロックウェル一人で、それが演劇の一人芝居のような独特の緊張感を感じさせる。舞台が月というのも、ますますロクスソルスな雰囲気を濃くして、観る者は主人公の孤独の追体験を強いられる。それが苦しいけど面白いのだ。
 
 サム・ロックウェルはもちろん、ケビン・スペイシーもとびきり巧い。閉ざされた空間での静謐な反復が物語を運ぶ。すごい下品で陳腐なコピーをつけるなら「キューブリックmeetsサミュエル・ベケット」って感じか、なんて下手な批評は寄せつけないほど、いい映画。