Zingaro“Battuta”

minii2009-03-12


 エミール・クストリッツァの映画を観て初めてロマ音楽(当時はロマという言葉も知らなかったけれど)に魅せられたのがいつだったか。考えてみればロードムーヴィーが好きなのもそれと無関係ではなくて、きっと私は流浪という概念に対して少なからず憧れを抱いているのだと思う。中学生のときにハマったチャールズ・チャップリン(渋い少女だったよまったく。)が、アイリッシュとロマのハーフだということをついさっき知って、彼の作品の醸すなんともいえない哀愁と孤独感はDNAに刻まれていたのだ!と勝手に納得し、ならば移動生活者に対する私の憧憬もまた、遺伝子レベルのものなんだろうか・・・なんてうれしいようなかなしいような。

 何の話かって、ジンガロです。http://www.zingaro.fr/v2/fra/

 友人のブログで彼らのことを初めて知ってからずっと観たいと思っていたけれど、チケットの高額ぶりに尻込みしてなんの準備もせず、日本公演がもうすぐ終わってしまう今月10日、やはり観ないと一生後悔するに違いない!と思い込んだらチケットの予約だのなんだのというプロセスすら鬱陶しく、猪突猛進会場まで行ってしまった。もちろん一人で。当日券の販売が始まるまでかなり時間があるということを到着してから知り、何気なく銀座に行ってみたりしたけど気持ちがそわそわしてほとんど何もできなかった。

 会場に戻ると窓口の周囲に人は結構いるものの、当日券のラインに並んでいるのはおばさん一人だけ。A席とギャロップシートは完売しており、S席最後の1枚もそのおばさんが買って行った。安いチケットから売れていくのはこのご時世仕方がないし、会場に入ってから分かったけど、ステージが思ったより小さく、すり鉢状に据えられた客席もこじんまりとしているので後ろの方でも十分よく見えそうだった。でも私はもうハートに火がついてるからさ、どうせなら前で観ようと4列目の席を取った。それでも財布から2万円を出すときは一瞬だけ躊躇しちゃったけどね。

 開演の15分前まで中には入れない為、待合のテントには軽食と飲み物を買えるカウンターと、グッズの販売、協賛しているエルメスのブースもあって、ここでエルメスの商品買う人がいるかは疑問だけど、等身大の木彫りの馬はちょっとスペシャルな感じでよかったかも。しかし訳わかんないのは何とかいう馬具ショップのブースで、乗馬用のシャツやベルトなどは百歩譲っていいとして、全然関係ない馬の水彩画とかまで売っていて若干クラクラした。確かに乗馬をやっている観客は多いのかもしれないけど、いかにも便乗商売って感じ。だったら出演したバンドのCDとかロマ文化、フランス文化に関するものを置いてみれば面白いのに。

 グラスシャンパン(モエ)飲みたかったけど¥1800はちょっと高いと思ったので、ホットワインを頼んで一息つく。客数に対して座る場所が少ないのでおばあちゃんに席を譲り、散歩しながら開演を待った。

 サーカスって行ったことないけどこんな感じなんだろうな。無数のパイプで組まれただけの客席を、階段ガタンガタン鳴らしながら皆一斉に席に着く。中央の砂が敷かれたステージには既に十数頭の馬がいる。真ん中に流れ落ちるシャワーを囲むようにして大人しく佇んでいる裸馬たちを見たらそれだけで感動しちゃう。動物にはそういうパワーがある。 円形のステージを挟んで対角に、管楽のバンド「ファンファーレ・シュカール」と弦楽のバンド「タラフ・ドゥ・トランシルヴァニア」が配置され、後々この二つのバンドの掛け合いが面白いことになった。

 ここで内容をすべて語っても退屈なので自粛しますが、初めストリングスの静かな調べに合わせて何も繋がれていない馬たちが自然に列をなし、歩調を自分で調整しながらステージをぐるっと回って退場する幻想的な様に目を奪われた次の瞬間、照明が明るくなり、ブラスバンドの高らかな音が弾けると同時に婚礼の衣裳をまとったカップルを乗せた白馬の馬車が駈歩で登場、私の目には涙。音楽が素晴らしかったからか、白馬の長い鬣のなびくのが美しすぎたからか、あるいは大好きなクストリッツァの世界が生身で目前に再現された喜びか、とにかくもの凄く感激して終演までの90分間は夢のように過ぎて行きました。

 ネット上で、馬はぐるぐる回ってるだけで高度な馬術は一つもなく、あとは人間の軽業だ。というような意見を読んだけど、それはその通りかもしれない。けれど作り手の方は少なくともこの作品においては、馬術を見せようなんてこれっぽっちも考えてないんじゃないかという気がした、私は。どちらかというといわゆる馬術に対する反骨精神すら感じるほど。馬車の上で生まれ、生き、死んでゆくロマ民族と同様、この舞台ではすべての日常の再現が馬の上でなされます。つまり人生を、セリフ無しの90分に集約してしまっているのです。しかもあれほど魅力的な演出で。そんなことを思いついてしまうバルタバスという人の才能は計り知れないと私は思いました。それに「軽業」だけであんなに人々を惹きつけるならそれだけですごいことじゃないか。ていうか乗馬の経験がちょびっとある者として、あの狭い空間をあのスピードで馬を走らせるだけでも十分すごいこと。

 あーもう一回観たい。観に行けて本当によかった。でもあんなにガラガラの客席を見て演者たちはどう思ったかしら・・・