細江英公人間写真展―「抱擁」と「薔薇刑」

minii2008-10-15


 土曜日。ひどい夢を見た。恋人が私の体に触れると、彼の体の粘膜という粘膜がすべて赤く爛れて腫れてしまうことになって、私はもう二度とこの人に触れることができないのだと知って絶望するという内容だった。正夢にならなければいいと思ったが、妙に現実的だとも思ったので気分が悪く、しかし予約の通りに美容室に行ったあと、表参道のジャイルに入った。
 ここには入場無料のギャラリーがあるので、時間さえあれば必ず覗くようにしているが、その日展示されていたのはなんと、細江英公の写真であった。私はとりあえず胸の高鳴りを抑えるため、泣きそうな顔をしながら上の階のレストランで食事をした。昼間からハイボールを飲んでしまった。ここのハイボールシャンパングラスに注がれていて氷は入っておらず必要以上に美味しくて、一杯だけなのに必要以上に酔った。
 酔って彼の写真を見ると泣き出したい気持ちは一層強まったが、私の脳が泣く暇もないほど、「抱擁」の写真が素晴らしかった。写っている肉体は静止しているのに血は躍動していて、クローズアップされた細部は抽象的なのに全体のようで、記号的なのに熱気を帯びているように見えた。エロくは、ない。広い意味での「欲」みたいなのもあまり感じなかったけど、人間の切羽詰った情熱みたいなもの、なんて陳腐すぎる・・・でもなんだか泣きたくなるような狂おしさが感じられて胸が詰まったのだ。インクジェットプリントで当時の作品を再現するという試みも凄いと思うが、そんなことはもうどうでもよくて、私が求めていたのはこれだ、と思った。血が駆け巡る抱擁。エンブレイス!

 「セックスがしたいわけじゃない。」と言ったことがあるけれど、信じてもらえなかった。それは彼が悪いんじゃなくて、私の表現が下手だったからだ。あの写真たちを見たあとならもう少しちゃんと伝えられたかもしれない。セックスじゃなくてエンブレイスだと。でも後の祭り、トゥーレイト。夢はほとんど正夢になってしまった。私は言葉に頼っていながら、自分の思考を言葉によって伝えることができなかった。できないまま終わってしまったことが残念だ。口惜しい。情けない。