Factotum

酔いどれ詩人になるまえに [DVD]

酔いどれ詩人になるまえに [DVD]

 アメリカの詩人、チャールズ・ブコウスキーの自伝的小説(なのかな?)『勝手に生きろ!』を原作に据えた映画『酔いどれ詩人になるまえに』。原題は原作本と同じく“Factotum”で「雑用係、何でも屋」という意味らしい。だから邦題はなかなか魅力的だし映画のトーンと合ってるけれども、内容の軸からはちょっとだけズレているような惜しい印象。ただ、ブコウスキーを読んだことのない私がDVDを手にとるには十分なタイトルだった。面白そうではないけどたまには退屈な映画も観るかぐらいの、製作者には失礼なほど期待せずに観てみたが、これがなかなか好かった。
 おそらく舞台は'40年代後半のアメリカだが、映像の色や明暗などはヨーロッパ映画の趣で、主人公が失業者であるしちょっとアキ・カウリスマキの作品に似たところがあるように感じた。監督がノルウェー人なせいだろうか?こういうトーンの映像って私は好きなのだけど、日本映画ではほとんど無いんじゃないかな。何が違うんだろう。
 この作品は「自称・作家」の男が、映画の最後で編集者に認められて作品が採用されるまで荒んだ生活の中で書き続けるという内容だが、決してサクセスストーリーの部類には属さないだろう。私なら迷わずロードムーヴィーと呼ぶ。主人公チナスキーは定住もできず、行く当てもないが、どこへ行っても言葉は溢れて止まらない。酒飲みであるがゆえに仕事もすぐクビになるし競馬にハマるし、社会的に見ればかなりダメな男だが、おそらく観客のほとんどが彼を好もしいと思うだろうと言えるのは、彼がどれだけ落ちぶれても品位を失わないからである。たびたび現れる彼の紳士的な言葉遣いや仕草、そして作家になることに対する一本筋の通った気概(そのために彼は恋人との生活を捨てることも厭わない)は、高潔さにも似た人間性の美しさを含んでいるようにも思われた。
 毎日ぼんやりと何気なく過ごしているところに、思わぬかたちで渇を入れられた気分だ。物語の展開は単調ではあるが、ちゃんと観れば学ぶものがある作品だと思う。それ以前にとにかくマット・ディロンが最高にカッコよく、彼も恋人役のリリ・テイラーも声がとてもいいので、二人の会話のシーンはそれだけで見ごたえがある。