Le Scaphandre et le Papillon

minii2008-03-11


 ジュリアン・シュナーベル監督『潜水服は蝶の夢を見る』。これは万人にお薦めできる映画です。すごく良かった。やはり実話だからこそ、心を打つ物語だし、なんと言っても映像の表現力が豊かすぎます。これだけ説得力ある、かつ美しい映像なら台詞など無くても構わないかも。
 実在の人物の人生を映画にする場合、たとえば主人公のどの回想シーンに重きを置くか、それだけで映画全体の印象がかなり変わると思います。その点において本作は一つの過不足も無く、すべてが在るべくして在るように思えました。順風満帆であった人が不慮の事故によって全てを失い、周囲の人の助けと努力によって苦境を脱する・・・そういう内容の物語は今まで数え切れないほどつくられてきましたし、実話を基にしたものもかなりあるでしょう。そしてその多くは、主人公の苦しみにスポットを当て、観客に同じ苦痛を追体験させることによって、感動的なラストシーンで涙を流させるような仕掛けではなかったでしょうか? もし、 本作もそのような作品であったら私はおそらくこんなに感動できなかったと思います。この作品はもっと、いい意味で「劇的でない」のです。彼は劇的なきっかけ無しに自分を憐れむことをやめ、想像力で日々自分の人間性を豊かにし、普通の人がするように毎日仕事をし、人生の仕事をやり切ってこの世を去りました。そしてその、淡々とした日々の美しいこと!
 この作品は音楽もまた、映像を邪魔せず退屈させず丁度いい感じです。トム・ウェイツやヴェルヴェッツやジョー・ストラマーなど、使いようによっては曲の方が目立ってしまうところを巧い扱いによってバランスを保ち、「カルト映画」「ロック映画」と呼ばれることを見事に回避しています。誰もが耳慣れたバッハも、『大人は判ってくれない』のテーマも、使い古された風には聞こえません。

 規模の大きな作品ではないし、自分の一番好きな映画にも選びにくいと思いますが、それはつまりこの作品が「普遍的である」という賞賛の言葉にこそ値するからではないでしょうか。