夢(眠っているときにみる方の)

(亀入り箱の宅配便を目撃した女、その後。)

 猛暑は過ぎたが残暑が厳しい。タンクトップを着て百貨店に入ると、キンキンに冷えた店内にはファー付きのコートやウールのニットが陳列されている。「これはこれは不健康な。」女は思わず声に出した。急激に肩や関節が痛くなるような気がした。暑苦しい毛糸製品を無理矢理買う・買わせるために空調をこんなに冷たくするなんて、まったく馬鹿げてる。暖かい衣服を売るのは外の気候が涼しくなってからにすればいいのに。強迫観念に翻弄される憐れな日本人よ。女は、馬鹿馬鹿しくなってすぐに、百貨店を出た。
 彼女は別に、環境問題に気を遣っている人間ではない。ただ自分が不快に感じることは、極力避けて生きていきたいと願っている。どこの店に入っても冷房が効きすぎているのは明白であった。もし効きすぎていないところがあれば、それは「効かなすぎている」ということに他ならないのであって、それは同じく不快であった。
 やっぱり自分で調節できなきゃだめだな。女はシアトル系のコーヒー店で飲み物とお菓子を買い、自宅へ向かった。

 中と外の温度差や、自分の外出が徒労に終わったことなどによる疲れで、家に帰ると彼女は眠ってしまった。時刻は夕方で、彼女はそれから4時間も眠ってしまった。

 21時。目を覚ました女は自分の失態を悔やみつつ、義務的に夕食を摂り、寝る支度をするが当然眠くはならない。彼女にとって、夜眠れないことはとても不安であった。ますます自己嫌悪に陥りながら、不自然に固く目を閉じる。すると色々な、過去の嫌な思い出や、自分で捏造したかもしれないおぼろげな記憶が湧いて出て、彼女の脳を休ませない。こういう状態になると決まって、或る男が頭の中に現れるのだ。彼女は一時その男を愛していたが、その後はずっと憎んでいた。憎み始めてからは一度も会っていない。最低、大嫌い。胸がムカムカすると共に、やっと女は眠りに落ちた。
 男はしつこくも、夢の中まで追いかけてきている。だけどその表情や動作は、彼女の記憶とはまるで違って、優しい。ああ、この人ほんとは優しいんだっけ。それにあたし、この人のこと大好きなんだ。なのにあたしが勝手に逃げて、彼を傷つけてしまったんだっけ。悪いことしたな。どうしよう、どうしよう。ごめんなさい。ごめんなさい。
 女は泣きながら目を覚ました。朝になっていたが眠った気はせず、部屋の中は蒸し暑かった。