麦藁帽子

 小学校の夏休み。お盆を過ぎたあたりに登校日があって、その日を期限に定められた分の宿題を持って行った。荷物が少ないのでランドセルの必要はなく、各自好きな鞄を持って行ってよいことになっていた。服も私服だったかもしれないけれど、よく覚えていない。覚えていることといえば、私は宿題は31日にやるタイプだったから専ら、「やったけど持ってくるのを忘れました。」って言っていたこと。無駄に成績が良かったせいか、そんな見え透いた嘘を先生は、信用している振りをしてた。ただの振り。私が吐いた嘘と変わらない。それともう一つは、麦藁帽子のこと。
 登校日の朝、私を起こした母が言った。
 「お友達の・・・ちゃんが麦藁帽子を被っていたみたい。貴女もそうなさい。」
 母の見間違いであることはすぐに分かった。だって黄色い帽子を被らなくていいなんて、先生は一言も言っていなかったから。だから少しだけ反論してみる。「麦藁帽子の方が涼しいでしょう。」という母。どうしよう。黄色い帽子じゃなきゃ先生に怒られる。でも・・・
 結局私は、つばの根元にぐるりとリボンが巻かれ、作り物の花や果実が添えられている麦藁帽子を被って出かけた。今思い返せば、なかなか可愛らしい帽子だったけれど、その時はもう恥ずかしくて仕方がなかった。その可愛らしさが本当に憎かった。その可愛らしさによって、たとえヘリコプターからでも、校庭に整列する児童の黄色い頭の群れから見分けることが出来たからである。
 案の定、さようならの挨拶のあとに先生が寄ってきて、
 「暑いけど、学校に来るときは黄色い帽子を被ってね。」と言って笑顔で去った。
ちがうんです。ママがどうしても被れって言ったから・・・弁解は私の心の中でしか許されなかった。

 何故あのとき、麦藁帽子を被って行ったのだろう。
親に言いつけられたから?だけど校則を破らせる親がどこにあろうか。
麦藁帽子を被りたかった?その当時、あんな可愛い帽子は私の趣味じゃなかった。
 わからないけどたぶん、母に嫌われたくなかったからだ。幼いながらに私は気難しくて、いつもあれは厭これは厭と言っていた。そういうときは決まって「なんてかわいくない子供なの!」と言われた。それがすごく哀しかったのだ。
 嫌われたくなかった。好きになってほしかった。かわいいと言ってほしかった。
 その為には先生に怒られてもいいと思ってたんだ、きっと。