一人旅@金沢

 一人旅に出ておりました。といっても一泊だけですが。しかも傷心旅行のつもりでいたのに、ほとんど高橋源一郎のせいで、出発の前日に私の心の傷はすっかり治癒してしまい、ただの気侭な温泉旅行になってしまいました。本との出会いは人との出会いと同様に必然的なもので、今回は『いつかソウル・トレインに乗る日まで』に出会ったことで私は、盲目の泥沼から開眼して上がってくることができたように思います。

 旅の始まりは片山津温泉から。電車で通過した山間は雪が積もっていたけれど、人の気配に反比例するように雪は消えてゆく。柴山潟に面した旅館の一室は無駄に広かった。目と鼻の先にあるカフェでとりあえずビール。窓のすぐ外にある金属製の手すりには、観光客が刻んだであろう落書きで“LOVE”とあり、よく見るとほかのところにも同じ言葉があって、中にはそのあとに続けて名前が刻んであるものもあって、そのまま視線を水面に持ってゆくと、水上に設けられた観光用の弁天様に参る若いカップルの姿が見えた。寒いので二人ともポケットに手を突き込んでいる。さあ、手をつないで。と私が思ったまさにその瞬間、男が左手をポケットから出して彼女の手を求めた。よかった、時間が正しく流れている。そんな風に思った。ビールを飲み終えて部屋に戻り、改めて室内を見回すと掛け軸の文字が「愛」であったのに気づいた。

 お風呂は広く、平日で客などほとんどいないから滞在中ずっと貸切で気持ちよかったです。源泉が海水らしく?しょっぱいお湯で肌はつるつるに。温度が結構熱めなので男性好みかもしれません。ごはんはまあフツーだったかな。カニ食べました。朝食のカワハギの干物がおいしかったです。あと水道水がそのまま飲めた!私がいま住んでいる地域では考えられないことです。夜もまたお風呂に入って、谷崎潤一郎春琴抄』を読み、翌朝は7時に起きてまた温泉。9時40分には旅館を出て金沢を目指しました。

 金沢駅から城下町周遊バスというのに乗ってまず、驚いたのは、運転手さんが若い金沢美人だったこと!本当に綺麗で可愛くて、それゆえの余裕から来るのか案内なども超親切で、どこそこへいらっしゃるにはこのバス停を降りてどの道でございます、ということを極めて端的かつ的確に説明できるそのスキルも凄いが、降りるときには笑顔で「いってらっしゃい」と言ってくれて、ああこんな人がお嫁さんだったらどんなきつい仕事でも頑張れる気がすると思いました。

 美人の運転手さんと別れるのは惜しいが、彼女がバス停の番号順に観光すると効率よく回れるというので言うこときいて、まずは橋場町で降り、ひがし茶屋街へ。茶屋づくりの伝統建築群はぶらぶら歩いて眺めているだけでも十分に楽しいのに、お店だけじゃなくて普通に人が住んでいるお家もあって猫がひとりで散歩していて、和服で歩いている女性がたくさんいて三味線の音が聞こえて・・・という風景に妙に感激した。あてもなく徘徊していたら神社を見つけたので(宇多須神社)参拝。境内にいた黒猫さんからたしなめるような視線を浴びた気がして、急に背筋が伸びて、おみくじ引いたら大吉でした。旅先で大吉。なんかいい。

 神社を出ようとすると掃除をしていた警備員さんに「景色のいい所、好き?」ときかれたので「はい。」というと、高台にあるお寺から見下ろす金沢市街がきれいだと教えてくれた。雪の残る急勾配の坂道を上がり、街を一望する。建物がたくさんあって栄えているのに、東京と違って猥雑なところが一つもない。ひねくれてない、いい街だと思った。坂を下りるとさっきの警備員さんにまた会ったので「屋根が全部黒いんですね。」と言うと、黒いのは太陽の熱で雪を溶かすため、光って見えるのは雪が滑りやすいように表面がつるつるしているからで、しかし滑り落ちないようにするために弧状の瓦がついているのだ、と教えてくださいました。私はすっかり感心して、「私それ知らずに茨城に帰ってしまうところでした!」と言うと、「夕暮れ時が一番きれいに見えるから、近いうちにまた“誰かさん”と来なさい。」とおっしゃいました。この人はなんでも知っているのだなあ、と妙に納得した気持ちになり、お礼を言って別れました。いい出会いでした。


ふう。疲れたので続きはまた後で。