鏡の国のアリス

鏡の国のアリス

鏡の国のアリス

 『不思議の国のアリス』というと真っ先に思い浮かぶのはディズニーアニメのそれであり、ハリー・ハリス監督による実写映画*1を記憶に留めている人もいるだろう。後者が前者に比べて「不気味さ」を持っているという違いこそあれ、そのどちらもが「子供向け」であることは事実だと思われるし、原作本もまた、「児童文学」の中で最も重要なうちの一冊として知られている。
 これは続編の『鏡の国のアリス』に、映像作家のヤン・シュヴァンクマイエルが挿画をつけたものであるが、これが本当に「子供向け」かというとそれは非常に疑わしい。シュヴァンクマイエルも本書のまえがきにて「“子ども向けの芸術”など存在しないという事実」と述べているが、たとえそう言う彼の絵の力を差し引いたとしても、これは必ずしも子供向けの物語ではないはずである。何故か。この物語には結末が無いからである。少なくとも私はそう解釈している。子供に与えるべき教訓めいたものが無く、あるのはイメージの連なりと、言葉遊びの応酬。
 シュヴァンクマイエルの作風はしばしば「悪趣味」で「気味が悪い」と言われるが、思い出せば誰しも子供の頃には残酷さを平気で振りかざし、グロテスクなものに惹かれていなかっただろうか?彼のつくる像は、実は子供の頭の中に存在するイメージであり、彼はそれを芸術に昇華しているのではないだろうか。だとすれば大人でもなく子供でもない、そしてそのどちらでもあるという普遍性、そこがまさに、アリスとシュヴァンクマイエルが共鳴し得るところなのではないだろうか。だからディズニーのアリスと比較してこの本をけなす人があれば、それは全く論点がずれていると言っていいだろう。この挿画は言うまでも無く独創的だが、本文にきちんと寄り添うその無駄の無さは、シュヴァンクマイエルが映像作家であるがゆえになし得たことなのかもしれない。
 物語の一番最後の行、ここに全てが集約していると私は思う。
 「生きる それは夢でなくしてなんであろう」
そして見開き2ページの空白が余韻を残すことを許し、読者は本を閉じるのだ。子供ならきっとここに絵を描いてしまっただろうに。その勇気を持てないことを少し、寂しく感じながら。

*1:

Alice in Wonderland [VHS]

Alice in Wonderland [VHS]